

マスタリングエンジニア・粟飯原友美氏に聞く!これまでの歩みと現在のお仕事について
音楽の仕事をしたいけど、マスタリングエンジニアってどうやってなるの?どんなことに関わるの?今回は、マスタリングエンジニアとして ASKA や八神純子の作品に関わるなど、第一線で活躍されているWinns Masntering の粟飯原友美氏に、ご自身の個人スタジオにお邪魔し、キャリアの変遷や音楽業界での仕事の広がりについてお話を伺いました。
マスタリングに興味を持ったきっかけ
-粟飯原さんが、現在の Winns Masntering を設立するまでに、どんな音楽変遷を経てきたのでしょうか?
最初に、物心つく前からバイオリンを習い始めて、その後ピアノ、フルートなどの楽器を経験してきまして、大学入ってギターなどもやったり、シンセサイザーで打ち込みをやってみたり、カセットのマルチトラックレコーダーで録音をしてみたり、大学生までずっと音楽をやってきたんですよね。。
その流れで音楽に関わる仕事に就きたいなっていう気持ちは中学生の頃からありました。
大学生になった頃、最初は PA をやりたいなと思っていたんですけど、当時は女性ってだけで PA会社から断られちゃう時代だったんですよ。
今は女性エンジニアもすごく多いんですけど、その当時はなかなか入るのが厳しくて。
それで、私は大学4年生の時にセンターレコーディングスクールという専門学校に通い、レコーディングエンジニアの道に行こうかなと思っていました。ですが、最後の最後でマスタリングの授業があり、その時に“マスタリングって面白いな”と感じて、それでふわっとマスタリングのスタジオに入ることになったんですね。
それが1995年、浜松にあったハリオンマスタリングスタジオで、マスタリングエンジニアとしてのキャリアをスタートしました。
ハリオンを辞めた後、 2006年に仲間内でアンズサウンドというエンジニア会社を作りました。
その数年後にアンズサウンドを離れて、サイデラマスタリングを経て、2017年完全独立し、この場所に自分のマスタリングスタジオをオープンした、という経緯になります。

マスタリングエンジニアとしてのキャリア変遷
-色々なスタジオで経験を積んでこられたんですね。
そうですね。いろんな経験ができて、結果的には良かったと思っています。
勉強になる部分もあったし、ずっと似たような仲間内でやってきた中で、全然違うスタジオに入ってみることで「なるほど」という発見もありました。
その後完全独立する決断をしたときに、作業するための場所は必要だけど、もう一度スタジオの設立をするのは大変だなと思っていて。
それを同業者の友達に相談した時に、防音室のある部屋を借りて手を加えるという方法を提案されて、音楽用のマンションを探すことにしたんです。
ただワンルームが多いんですよね、音楽用のマンションって。
-ワンルームそのものが防音室?
そうなんです。ワンルームしかないと機材などを置く場所も限られてしまうし、クライアントさんに来てもらい作業をするときも、ずっと同じ部屋の中というのもちょっと難しいので。
で、色々探したらここが見つかりました。
※防音室が1部屋と、ダイニングスペースもやキッチンもある間取り(1LDK)
-防音室と言っても、エンジニア向けの設計ではないことが多いですよね。
そうですね。大体楽器を演奏する人向けに作られてるところが多いんです。
私の場合、スピーカーを設置することが前提なので、配置を色々考えるじゃないですか。
クローゼット、扉、窓の位置、動線などを考慮すると、条件に合う部屋を探すのは大変でした。
女性エンジニアの数について
ー先ほどのお話にあったような、女性エンジニアが採用から弾かれてしまうことは結構あったんですか?
私が業界に入った当初はPA の会社はそういうことも多かったですね。レコーディングスタジオは比較的そういった傾向がなくなってきていた時期だったと思いますが、女性のレコーディングエンジニアの比率は今よりも少なかったです。
ー今は音楽業界全体的に見ても女性が多く活躍していますよね。
そうですね。特に PA は本当に女性のエンジニアが多くなりました。
ライブレコーディングの仕事で現場に行くと、女性スタッフばかりだなみたいな時もあるんですよ。だいぶ変わったなと思いますね。
昔はマスタリングエンジニアは割と女性が多かったような気がするんです。
その理由として、マスタリングって最終的に重箱の隅をつつくような音の聴き方をするので繊細な部分も多いから、それで女性が合ってるんじゃないかと言われたことがありました。
とはいえ、最近はマスタリングエンジニアだけでなく、レコーディングエンジニアも女性は結構多くいらっしゃいます。
マスタリング以外の仕事に関わること
ーマスタリング以外にも、今お話されたようなレコーディングの現場や、その他のお仕事もされたりすることは多いのですか?
たまにあります。
齋藤青麗さんというソプラノ歌手の制作に関わったことがあるのですが、そのときはレコーディング、ミックス、マスタリングの全部を担当しました。
録音するホールの選定から、CD のプレス会社の紹介や、JASRAC への申請といった権利関係まで、本当に何から何まで一緒にやったんですよね。マスタリングエンジニアでここまで最初から最後まで全て一緒にお仕事するという経験はなかなか無いので貴重な経験でした。

私は、その時にはすでにホールレコーディングの経験も何度かありましたし、独立してからは特に様々にアーティストさんのサポートをするようになっていたので、ホールレコーディングのやり方も知っていましたし、楽しく良い作品に仕上げることが出来ました。でも、基本的には餅は餅屋という考え方で、マスタリング以外の、レコーディングやミックスでは、私が信頼できて、アーティストさんに合うエンジニアさんを紹介させて頂くようにしています。
予算的な問題があったりとか、又は個人的な繋がりがあれば、マスタリング以外のお仕事も受けるときもあるんですが、基本的には任せられることは任せちゃった方がいいかなとは思っています。

粟飯原さんへの様々な依頼
-普段の依頼ではどんなクライアントさんがいらっしゃいますか。
メジャー作品の依頼もありますが、自主制作やインディーズの方が相談に来られることも多いですね。
-録音状態が悪い場合などもあるかと思いますが、どのように対処していますか?
録音自体に問題があった場合、録り直しができないことも多いですよね。
そういったケースのレスキュー的な対応をすることもあります。「レストア」といって、録音素材はそのままで、音を綺麗に処理するんです。そのような相談も多いですね。
-「レストア」ですか。
そうですね。オーディオレストレーションとも言いますが、
録音に問題がある単体のトラックだったり、2mix音源のレスキューです。
例えば、YouTube 用の撮影で、カメラについている音声マイクで取っただけの薄っぺらい音をなんとかしてほしいとか、ライブ音源でハウリング起こしちゃってる部分のハウリングを取ってほしいとかの依頼があります。2mix の元のマルチトラックデータが、何らかの理由で無い場合というのもありまして、その音源に入っているノイズ処理や、その他何か問題を起こしている時に、可能な範囲での対処をすることもあります。
何年か前に、iZotope のエンドーサーをやっていた時があって、その頃 RX(※) はすごく勉強したので、割と得意なんですよね。
なので、それを知っている人からは RX を使ったレストレーションの相談をもらうことがあります。
※RX:iZotope がリリースしているオーディオリペアのプラグイン
-いろんなタイプの依頼があるんですね。
今はフリーランスなので、いろんなことに対処してます。
マスタリングって、アーティストご本人に立ち合ってもらっても1日とか2日とかで終わっちゃったりするんですけど、いろんな話をしてるとお互いに信頼関係が生まれてくるので、出来ることは何でもやろうかなと。
将来的にはプロデューサー的なこともやっていきたいというのもあったので、自分も勉強しながら色々アドバイスして、いろんなことに関わるということをやってきました。
-粟飯原さんならではの活動ですよね。
そうですね。
その他の特殊な仕事としては・・・
IIJ っていうインターネットのインフラの会社があって、そこが「PrimeSeat」というハイレゾのインターネットラジオを実験的にやっていた時期があったんですよ。
その中で「Prime Seat Salon」っていう DSD(※)配信のサロンコンサートの企画が2016年から2017年の3月頃まであったのですが、その録音、ミックスと編集を担当していました。
それが月に毎月2回ぐらいはあったので、いろんな素晴らしいアーティストさんのサロンコンサートをたくさん録りました。
DSD の録音であることや、サロンコンサートのラジオ番組という特性上、やれることに制限があるというのもあって、ダイレクトにミックス・編集をしていくのがメインの作業でしたね。
マスタリングエンジニアでそこまでやる人もなかなかいないのではないかなと思います。
※ DSD:Direct Stream Digital の略。音声をデジタル信号化する方式のひとつ。
Dolby Atmos について
-Dolby Atmos のマスタリングもされているとのことですが、詳しくお伺いできますか?
はい。SONA というスタジオの施工関係の会社があって、そこが Dolby Atmos の専用スタジオを持っているんですよ。
SONA に、以前から親交があるサウンドデザイナーでリレコーディングエンジニア(※)の染谷和孝さんがいらっしゃって、Dolby Atmos の音楽配信が Apple Musicで始まる少し前に「Atmos のマスタリングやってみませんか」と、染谷さんからお話を受けて。
※リレコーディングエンジニア:映画やテレビなど、映像作品の音響を仕上げる技術職
Dolby Atmos のマスタリングってどうやるんだろう?と始めは思ったんですが、5.1ch などサラウンドのマスタリングはやったことがあったので、出来なくはないなと。
やり方をいろいろと試してみたら、2mix のマスタリングを生かしてAtmos でもマスタリングをやれるなと確信しました。もう一つは、Atmos はクオリティチェックがすごく大事なので、クオリティチェックに長けているマスタリングエンジニアが Dolby Atmos の音楽制作に関わることは楽曲にとってすごくメリットがあると思ったんです。
というのも、Atmos はやることがすごく多いんですね。特にアルバムですと、そもそもチャンネル数が多いセッションの中で、レベルやサウンドの質感を合わせていかなければいけないというのもあります。Atmos は 2mix も一緒に納品しなければならないので、そのタイムのチェックはもちろん、音圧レベルに関しても厳密に規定があるので、それらを含めて音源にトラブルが起きていないかなど、様々にチェックをします。
一点、マスタリングエンジニアがマルチチャンネルに関わることで気をつけなければならないのは、ミキシングエンジニアがミックスした音源に対してリミックスしてしまうようなことは避けなければならないということですね。 最終的なサウンドに手を加えることがあっても、リミックスはしない、その上で大事なのは、マスタリングエンジニアがしっかりとクオリティチェックをやるということですね。制作の最終段階で、サウンドマスタリングエンジニアとミキシングエンジニアがしっかりとクオリティチェックをしながら一緒に作り上げていくという、Atmos の制作環境は結構重要だなと思います。

今後やってみたいこと
-今後の展望はありますか?
引き続きマスタリングは、自分自身もっと磨いてやっていきたいんですけど、やっぱグラミー賞を取りたい。
-すごい、かっこいいですね…!
日本にももちろん素晴らしいアーティストが多くいらっしゃいますから、良いきっかけがあればと思っていますし、マスタリングエンジニアである私が、最終的にしっかりと作品をブラッシュアップして、世の中に送り出せることが大事ですよね。
海外のアーティストの作品も含めて、様々な出会いから、私も刺激を受けながら、より良いサウンドを目指して常に努力していきたいです。
-今は、個人で音楽活動するアーティストや作家も当たり前になっていますし、海外への配信も手軽にできるので、そういったハードルは低くなっていますしね。
そうですね。だから自分が海外の仕事を引っ張ってくるチャンスは常に狙っていきたいです。繋がりが繋がりを呼ぶこともありますし。
あとは自分の YouTube チャンネルがあって、過去の動画で海外の方からの書き込みがあったので、そのチャンネルもまた動かしていきたいんですよね。
英語のキャプションを入れておくと、海外の人にも理解してもらいやすいので、そういうことも、これからまた進めていきたいなと思っています。
まとめ
今回は粟飯原氏のマスタリングエンジニアとしてのキャリアから、音楽制作の現場について、今後の展望までのお話を伺いました。
ひとつの技術を極めていくと、その技術を軸に、更なるキャリアの広がりにつなげていけるということを感じ、音楽の世界の大きな可能性について学ばせていただきました。
マスタリングエンジニアという仕事に興味のある方の参考になったら嬉しいです。
粟飯原友美氏プロフィール
ジャズ、クラシックからアニソン、ロックまで比較的幅広く手掛ける。
生楽器の質感、呼吸、空気感、グルーヴ感などを大切にし、自然に且つダイナミックに仕上げることをコンセプトとし、ロックのような力強さと、ジャズ、クラシックのような繊細さを使い分け、楽曲のもつ世界を引き出すことに定評がある。
代表作としては、ASKA、八神純子、warp jam、平陸、間宮慎太郎、松井慶子、鈴木慶江、井上銘、LEN、他、海外アーティストを含め、多数。
ホールでのクラシックの録音やライブレコーディングなどでも活動中。
生年月日:1971年4月13日
出身:千葉県千葉市出身校:センターレコーディングスクール、明治学院大学
趣味:キャンプ、スノーボード
粟飯原氏に依頼したい方はこちらから!
Winns Mastering


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