この「MIX解説with渡辺省二郎氏」シリーズでは、渡辺氏が『アゲハ』に施したミックス処理を、全3回に分けてご本人に解説していただいています。
前回の第一弾『MIX解説with渡辺省二郎氏:ドラムに施した処理とは』に引き続き、今回は第二弾として、ボーカル処理についてご解説頂きました。
『MIX解説with渡辺省二郎氏:ドラムに施した処理とは』をまだ見ていない方はこちらからどうぞ。
【今回の題材】
- 曲名:アゲハ
- アーティスト:水村宏輔
ボーカルの処理について
プロデューサー:
ボーカルはどのような方針で処理をされましたか?
渡辺氏:
この曲は歌が前にいて張り付いているような、ボリューム的にも周波数的にも一定感を出す感じが良いだろうなと思って、そのような方向性で処理をしました。
流れとしては最初にスタジオでアウトボードと卓を使って作り込みをして、その時点で9割程完成させます。
スタジオで行ったことは waves の L1を最初に通して、EQ をかけて、コンプレッサーの76系を通しました。
プラグインで擬似的にプラグインでシミュレーションしてみますね。これがアウトボードだとすると、EQ はこれくらいかけてました。
プロデューサー:
どの辺を課題に感じてEQをこのくらいかけた方がいいと思われてたんですか?
渡辺氏:
単純に音がこもっていたからですね。
撮り音に問題があったという意味ではないですけど、現在市場に出ている音源と比較した場合にこもっているなと思いました。
今出回っている音は大体これくらいのブライトさで、低音はこれくらいかな、ということを考えて EQ しています。この場合は、5kHz くらいからシェルビングで 12dB あげてます。
スタジオの作業が終わったら Plo Tools に取り込んで、自宅でまた調整作業を行います。その後またスタジオに行って最終調整をするんですけど、そうするともっとやってもいいなと思ってくるんですよね。
なのでまた EQ で同じようなところをさらに上げたり、グラフィックで微調整したり、あともう一回リミッターをかけてますね。UAD の 33609 ってやつですけど、これはコンプじゃなくてリミットモードです。あれだけ最初の段階で既にリミッターかけてたのに、かけるとナチュラルに感じるでしょ。(笑)
あと、A メロを少し弱く歌っていると思うので、サビと音色が繋がるように A メロだけ EQ をかけてます。弱く歌っているところにボリューム出すともっこりするんですよね。なので、もっこりすることろを EQ で落としています。これはオートメーションでサビに入った時にオフになるようにしました。
プロデューサー:
なるほど。確かに音色が繋がって聞こえます。
ボーカルの処理について
プロデューサー:
空間系のエフェクトはどんなものを使ったんですか?
渡辺氏:
空間系のエフェクトは A メロとサビでかけ方を若干変えていて、ベーシックでかかっているものとサビで足されているエフェクトがあります。
まずは Soundtoys 社の MICROSHIFT っていう、若干ピッチをずらしているものを左右に置いていて、これをベーシックでかけていてます。これを足すと、音像が「ふぁっ」と少し広がる感じです。
あとリバーブは、UAD の Lexican 480L ですね。この fat plate です。これは普通のプレートリバーブっぽい感じです。
ディレイは、まず Soundtoys の EchoBoy で一拍遅れのを作って、このまま Valhalla vintage verb というリバーブに直接行ってます。若干遅れてリバーブがかかっているのがわかりますか?
Aメロの浮遊感を演出するためにディレイで一拍遅らせて、ディレイがそのままリバーブに行ってしまっている感じに仕上げました。
プロデューサー:
あーなるほど!この浮遊感はどうやって作っているんだろうと思っていたのが理解できました。
渡辺氏:
A メロも浮遊感があった方がいいだろうという時は、こういう一拍遅れてリバーブをかけるということをよくします。
あとは、サビで別のディレイが足されますね。今度はこれが実態感のなかったリバーブが、実態感のあるディレイがついてくるような。
ディレイは manny marroquin を使ってます。1.7キロくらいでフィルターがかかっているので、ちょっとこもっててラジオっぽいような感じですね。
あとは、ディストーションとかダブラーのエフェクトがかかっていて、ディレイがモヤモヤ漂っている感じ。普通の人が聞いてもディレイとは認識しないくらいの音質とボリュームですけど、明らかにそこで広がりが増えたなっていうのがサビで感じられると思います。
コーラスパートの処理について
プロデューサー:
コーラスパートも、基本的にはメインボーカルと同じような処理を加えているんですか?
渡辺氏:
そうですね、同じエフェクトがかかっています。大体どの曲も本人がハーモニーを作っている場合は同じですね。ファルセットに行っている場合は若干 EQ を変えたりはしますけど。
あとは、ひたすらボリュームを変えていくだけです。これがボリュームのデータですね。
プロデューサー:
すごい細かいですね。
渡辺氏:
聴きながらやるんでこうなっちゃうんですよね。ハーモニーは全パートボリュームを書いてます。この作業は少しめんどくさいですけど、ここを丁寧にやっておくとハーモニーに安定感が出てくるんですよ。三声だったら三声がサビの中で一斉にバーっと鳴っている感じがあって。
よく、ハーモニーとかでもう少し出したらとか、もう少し下げたらっていう議論がありますが、大体そういうのって聞こえやすいところが聞こえすぎてるとか、聞こえてないところをもっと聞こえさせたりとか、そういうところがあるので。
ハーモニーに適当にコンプかけるだけでもある程度抑えられるんですけど、ハーモニーは特に音程が下から上にとか飛ぶことが多いので、メインの旋律に対して全然聞こえないところと、聞こえすぎるところが出てくるんです。
最後の一番高いところだけ聞こえるっていうハーモニーはどうしてもありますよね。
プロデューサー:
なるほど。
こういう場合って、ピークに感じたところを切り取って、もっと下げてくれとかありますよね?
渡辺氏:
昔はそうだったんですけどね。
コンソールでやっているときはそれでよかったんですけど、今はオートメーションで細かくかけられますからね。でも、そうやっているとサビ入った瞬間の開け方とか、コントロールできるって感じです。
プロデューサー:
なるほど、すごく勉強になります。
Cメロのリバースリバーブ処理について
プロデューサー:
僕がリファレンス曲を挙げてリクエストしていた、Cメロのボーカル処理に関しても解説頂けますか?
予告編みたいな感じで、前からリバーブがかかっている感じの…あれすごく気になってます。(笑)
※(アゲハの3分16秒あたりから)
渡辺氏:
Cメロの処理ですね。
まず、リバーブをかけたい場所をリバースして、これにリバーブをかけちゃいます。5秒前後でいいかな。100% wet の状態。これをオーディオ化します。なので、現時点ではひっくり返したボーカルにリバーブをかけている状態になっています。
で、これをさらにリバースする。そうすると…。
プロデューサー:
あーなるほど!
渡辺氏:
あとはこれをボーカルのスタートに合わせて調整すれば、完成です。
これって、元々テープでやっていた技法を DAW で再現しているだけなんですよね。
テープのリールを左右にひっくり返すと、後ろから頭に向かってテープが再生されている状態になるじゃないですか。それをコンソールでリバーブに送って、そのリバーブ成分をテープの空いているトラックに録るんですよ。最終的にその撮ったテープをもとに戻すと、こうなります。これがそのリバースリバーブの手法です。
プロデューサー:
なるほど〜これかっこいいですよね。どんどん使い出すと思います。(笑)
渡辺氏:
使いすぎに注意です。(笑)
はじめにひっくり返すと言う手順を踏まないと、「あいうえお」って言う歌詞だったら「お」にリバーブがついて、それでひっくり返したら、「お」に向かってリバーブがついちゃいます。なのでそれをひっくり返しても、「あ」で歌い出したいのに「お」がリバーブの頭に来ちゃいます。はじめにオーディオをひっくり返していれば、最後の歌詞が「あ」じゃないですか。そうするとあにリバーブがかかるので、最終的に「あ」っていうリバーブがあがってきて、メインボーカルの「あ」が始まるみたいな。リバーブが予告編みたいな感じになって、それが不思議な感じを出していますよね。
この技法はリバーブだけじゃなくて、ディレイでも面白いですよ。
リバーブの代わりに同じようにディレイをかけると、「あああ」って小さいところからあがきて、本編の「あ」に入るみたいな。
プロデューサー:
みんなこういうの真似しようと思った時に、こういうプラグインがあるんじゃないかって思うと思うんですよね。
渡辺氏:
そうですね。まぁテープ時代の知識を再現しているだけであって、テープ時代の知識がない人にとっては難しいかもしれないですね。
プロデューサー:
確かに。このような処理になってるとは思わなかったです。
初音ミクトラックの処理について
プロデューサー:
初音ミクのトラックに関しては、どんな処理をされましたか?
渡辺氏:
メインボーカルと同じです。
同じようにEQ、コンプをかけて、同じようにボリュームを書いています。
特に初音ミクは難しいんですよね。
高い音程になるに連れてキーンとくる感じがあって、反対に低い音程はちょっとこもっていたり。
シンセとかにキーボードっていうスイッチがあって、倍音が高くなるにつれて自動的にフィルターがかかるっていうモードがあるんですよ。そういうのも初音ミクやっていると思うんだけど、いまいちね。
だから丁寧にボリュームを書くしかないです。これをかけたら一発で一定に聞こえるっていうのはなかなかないですね。
プロデューサー:
なるほど。細かい作業がマクロの視点で見た時に響いてくるんですね。
今回も丁寧にご解説いただきありがとうございます!次回はエレキギター、アコギギター、ストリングスといった弦楽器系の処理についてまたご解説頂ければと思います。よろしくお願いします。
渡辺氏:
よろしくお願いします。
以上、今回はボーカルの処理について解説頂きました。
特にボーカルの処理は気になっていた方が多いのではないでしょうか。
ボーカル処理はスタジオで実機を通し、コンソールで8、9割ほど仕上げるとのこと。今回は弊社にお越しいただいていたので、どのような処理を施したかが分かりやすいように、アナログモデリングのプラグインで擬似的に再現しながら解説することを提案して下さいました。
省二郎氏の解説に、アーティストの水村浩輔、プロデューサーのみならず弊社の社長までもが自然と前のめりに…。
続編のトラック解説記事第二弾『MIX解説with渡辺省二郎氏:アコギ、エレキ、ストリングスの処理について』は以下からご覧になれます。是非続けてご覧ください。
ミックスビフォーアフター
今回渡辺氏にミックスを依頼した曲『アゲハ』by 水村宏輔は以下から聴くことができます。是非、ミックス のBEFORE と AFTER で聴き比べてみて下さい。
BEFORE
AFTER
プロフィールご紹介
渡辺省二郎氏
約40年のキャリアを持ち、今もなお第一線で活躍するエンジニア。
星野源、東京スカパラダイスオーケストラ、佐野元春など、様々な有名アーティストのレコーディングやミックスを手がけ日本のメジャーシーンを支えている。
水村宏輔氏
ロックバンド「 Loafer 」ギターボーカルを担当し、ほぼ全ての曲の作詞作曲を手がける。
現在は水村宏輔プロジェクトと題する、ソロプロジェクトを主に活動中。今回の楽曲『アゲハ』も同プロジェクトの一環である。
また、プログラマーとして ONLIVE Studio の開発にも取り組んでいる。
東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。
Masato Tashiro
プロフェッショナルとして音楽業界に20年のキャリアを持ち、ライブハウスの店長経験を経て、 2004年にavexに転職。以降、マネージャーとして、アーティストに関わる様々なプロフェッショナルとの業務をこなし、 音楽/映像/ライブ/イベントなどの企画制作、マーケティング戦略など、 音楽業界における様々な制作プロセスに精通している。 現在はコンサルタントとして様々なプロジェクトのサポートを行っている。