中堅スタジオエンジニア対談(前編) | 何回も聞くことが、僕は苦じゃないというか、むしろ何回も聞きたいと思える人だったんです。
アーティストやミュージシャンのレコーディング現場で、音響機器やDAWを駆使して最高の音を録音するレコーディングエンジニア。音楽がまさに生み出されていく現場に関わることは非常に刺激的であり、大きなやりがいのある仕事だといえるでしょう。 そんなレコーディングエンジニアたちのリアルに迫るべく、都内3箇所にプロユースのレコーディングスタジオを構え、さらにはライブハウスの運営も行う Studio A-tone(スタジオアートーン。運営会社:株式会社フリーマーケット)に関わるプロフェッショナルたちにお話しを伺います。
第2弾となる本記事は、別々のスタジオに所属する2人のサウンドエンジニアへの対談形式のインタビュー。
約10年ほどのキャリアを積む「Studio A-tone(株式会社フリーマーケット)」所属 松本 英人(まつもと ひでと)さん、「株式会社サウンド・シティ」所属 中山 太陽(なかやま たいよう)さんに、これまでの経験や、これからの未来に描くことなどを率直に語っていただきます。エンジニア歴が近いお二人のお話は、どのような化学反応を生むのでしょうか。
前編となる今回は、エンジニアになるまでのお話と、それぞれが所属するスタジオなど、お二人のバックグラウンドについて教えていただきます。
お二人は初対面ということで、まずはそれぞれのスタジオに就職するまでについて教えていただきます。
−お二人はエンジニアを志す前から、音楽に触れる機会はあったのでしょうか。
松本さん:
音楽に触れる環境は周りにはそれほどなかったんですけど、部活動でブラスバンドを始めたというのと、あとは父親がそこまで音楽好きというわけじゃないですけど、どこかに出かける時にはカーステレオで自分の好きな曲を流していましたね。
それでも、音楽に興味を持ったきっかけはやはりブラバンで楽器を始めたのが大きかったです。
中山さん:
僕は大学に入るまでの部活動はサッカーでした。でも音楽をよく聞いていたり、あとは趣味でベースとかギターとかを弾いていました。
大学では4年間軽音サークルに入っていたので、バンド系の楽器は大体経験しています。
−なるほど。お二人はどのような流れでエンジニアを目指そうと思われたんですか?
中山さん:
僕はもともと関西の四年制の大学で、システムエンジニアを目指すような情報系の学科を専攻していたのですが、就職活動をする時期になって、やはり音楽業界を志したいと思うようになりました。その後、CATという大阪にある音楽の専門学校に入りました。新卒で採用されSoundCityにアルバイト研修で入ったのが2012年、そのまま2013年の春から入社して、今年でちょうど10年になりました。
−音楽業界の中でも、エンジニアを選んだ理由はありますか?
中山さん:
音楽の中でもレコーディングエンジニアを志したのは、よく昔からイヤホンでずっと音楽を聞いてたりとか、バンド自体は耳コピをする時に、本当に、1曲を、もう何十回もリピートするんですよ。なので、何回も聞くことが、僕は苦じゃないというか、むしろ何回も聞きたいと思える人だったんです。何回も聞くであろうレコーディングエンジニアが向いてるな、と思ったのがキッカケです。
−松本さんは、青森から上京されたんですよね?
松本さん:
そうです。ねぷたなどの観光資源も何もない、携帯の電波もないような、本当に田舎でした(笑)。そこから、音楽の専門学校に進学するタイミングで上京しました。
僕は高校3年生の時に、どうしても音楽の道に行きたいと思うようになったんですが、正直プレイヤーで行くのは厳しいだろうと思っていて。
出身がすごい田舎というのもあって「東京に出て音楽をやる」となったら、親を説得するのに「バイトしながらプレイヤーをやる」というのでは納得してくれないだろうと思ったんです。何か、手に職じゃないですけど「技術職でやっていこう」って思いました。それで、本当になんとなく専門学校に入って、なんとなく「レコーディングやってみようかな」って思ってやってみたら、「あれ。めっちゃめっちゃ向いてるかも。これ面白いかも」って思って。気づいたら今、こうなっていました。
お2人が所属するスタジオについて
−お2人ともエンジニアを目指したことが納得できる理由ですね。続いては、お二人がそれぞれ所属するスタジオ(松本さん:「 Studio A-tone (スタジオアートーン)」、中山さん:「 Sound City(サウンドシティ)」)の違いや特徴について教えていただきます。
インタビューは、松本さんの所属されている「 Studio A-tone 東麻布」にて行なっています。別スタジオ所属の中山さんは、コチラの A-tone にいらっしゃるのは初めてですか?
中山さん:
ずっと近くは通ってたんですけど、A-tone に来たのは初めてです。綺麗ですね。
僕はあんまり外に行くことはなくて、自社のスタジオでやることが多いんです。こういう照明1つにとっても可愛いスタジオで、自社にも取り入れていけたらなと。
−では、音楽機材的な意味で、こちらのスタジオはいかがですか?録音をする場合、別のスタジオの方でもパッと出来るものでしょうか。
中山さん:
出来ると思います。パソコンをつけて、回線を探して「あ、直回線(※1)なのかな?」とか、見て。パッチ(※2)を見たら大体そのスタジオがわかります。このスタジオなら、問題なく出来ます。まあ、色んな方が使うので、そうあるべきなんですけどね。
(※1)パッチ:回線のパッチ
(※2)直回線:回線の接続方法。
松本さん:
そうじゃないと「おい!!」ってなりますよね(笑)。
基本的に外部のエンジニアさんにもワンマンでお願いするので、やはりその辺は多少意識して設計しました。
中山さん:
あとは、Sound City が地下3階なので窓があるのが良いなぁと思いますね。スタジオで窓があるのも珍しいですよね。
松本さん:
そうですね。気持ちにも影響していそうですよね。
−スタジオといっても、スタジオが請け負う仕事の特徴が異なりますよね。Sound City さんはどのような案件が多いですか?
中山さん:
劇伴(※3)が多いですね。それと、僕はライブレック(※4)によく行きます。ライブレックは、ライブを録ったり、生配信が多いです。
(※3)劇伴:映画やテレビドラマなどの劇中で流れる音楽
(※4)ライブレック(ライブレコーディング):ライブ本番のアーティストの演奏や歌、また歓声などを含めたライブ会場の音を収録する仕事。後に公開するライブ映像やアルバムを制作するために行う。
松本さん:
うちもわりと劇伴の仕事が多いんですけど、他のスタジオではあんまりやってないですよね。ここ(麻布スタジオ)ではなくて、四谷とかサウンドバレーの大箱とかでやることが多いんですけど。
松本さん:
最近は、アニメとかが多いですね。予算があって、生で録ることが出来るので。
中山さん:
アニメと、ゲームも多いですよね。逆にドラマの劇伴が以前よりは少なくなった印象です。スタジオって、本来は3ヶ月に1回、ドラマの収録タイミングで繁忙期がくるはずなんですけど、最近はその繁忙期の波が小さいというか、、、
松本さん:
アレンジャーさんにお話しを聞くと、ドラムとかは録音するんじゃなくて全部打ち込みで仕上げてくれ、ってオファーがすごい多いらしくて、予算的にスタジオを使わないみたいです。
−世の中の景気に左右される部分もあるんですね。ライブはいかがですか?
中山さん:
ライブもコロナ禍が落ち着いてだいぶ増えてきました。生配信は、コロナ禍を機にかなり多くなりましたね。それに合わせて、Sound City では卓を買って、機材を増やして対応していました。
松本さん:
ライブの録音は羨ましいです。他のスタジオにはない特徴って良いですよね。
中山さん:
ライブは、土日に仕事が入るという特徴があります。一方で、スタジオの仕事だと、お客さんにもよるんですが基本的に平日に稼働しますね。アーティストのレコーディングだと土日も入ることはありますが。
なので、うちの会社としては平日にも土日にも仕事が入って、スタッフの稼働率は良いと思います。
−お仕事の幅が広いと、エンジニアとしてもスキルが広がりそうですね。ライブレックとスタジオ録音は全く違うものですか。
中山さん:
どちらかというと、ライブはPAさんのような感じですね。セッティングして、あとは本番を待つ、のみです。なので、ちょっと楽ではありますね(笑)。ただ、一発本番という緊張感があります。レコーディングとは違って絶対に録っておかないといけないのはプレッシャーです。あとは、拘束時間が長いです。
−緊張感の違いがありそうですね。ちなみに、Sound City は何人くらいの規模ですか?
中山さん:
ポスプロ(ポストプロダクション※5)もあるんで、全社員でいうと57人います。レコーディングだけで言うと、エンジニアは多分14人ぐらいかな。
(※5)ポスプロ(ポストプロダクション):「撮影・録音後の技術的仕上げ作業の総称」、また「コンテンツ制作を技術面からサポートする業種(会社)」を指す名称。ここでは後者。
松本さん:
Sound City さんは箱の数も多くて、規模が大きいですよね。その点ではやっぱり全体的な人数が多くなりますね。
中山さん:
だいたいスタジオってスタジオに対して人数がちょうど同じくらいか、少し足りないことが多いんですけど、うちはちょっとスタジオに対して人員が余っちゃうくらいいます。
理由としては、スタジオを埋める事も大事ですが、スタジオ作業以外でもEditやMix作業を受注して、エンジニア稼働を増やす、エンジニアとして人を売るということを会社として意識しています。なので、スタッフを多く抱えている感じです。
就活を振り返って今だから思うこと
−就職でサウンドエンジニアを目指す時、規模感を含めてどのような点を考慮されていましたか。
中山さん:
多分大体の人は「とりあえずこの業界に入らなきゃ」と思って、もう無我夢中で応募して、多分最初に受かったスタジオに入る流れだと思います。最初に決まったところがご縁、みたいな。ちゃんと選ぶとしたら、 J-pop が好きでアーティストが好きだったら、Bunkamura(※6)さんに行くとか、結構すぐエンジニアになりたいと思っていたら、意外に規模は小さめのところに行った方がいいですね。 大きいところに行くと、結局、なんていうんでしょうか、、、
(※6)Bunkamura(Bunkamura Studio):株式会社バーディハウスが運営を行っていたスタジオ(2023年4月に閉鎖)
松本さん:
下積みが(笑)
中山さん:
そう。下積みが長くて、アシスタントとして働く期間が長くなります。そして、エンジニアになるのは、結構後になることが多いです。
−お二人の場合は、入社してからエンジニアになるまでいかがでしたか。
中山さん:
まずはアシスタントになるために、アシアシ業務をひたすら頑張りました。
松本さん:
そうですね。とにかく最初はもう掃除と、ケーブル巻いてっていうのからやっていって。自分で勉強しつつ、それを先輩が見ていて「そろそろ行くか」って話になります。エンジニアの仕事の最初は後ろに先輩がいて、監視されながら(笑)。
それで、気付いたら監視していた先輩がいなくなっている、という感じですね。
中山さん:
そういうプロセスのスタジオが多いですね。うちもそうでしたし。
でも、下積みの期間があってよかったなって、今ではとても思いますね。うちには大箱があるんですけど、そっちでアシアシ(アシスタントのアシスタント)をやって下積みをしたんですが、やはりその期間で学べることもかなり多かったです。とても大変ではありましたけど、今になって思うと、その期間じゃないと学べないことがいっぱいあったので。
−そういった下積みを経て、今はもうエンジニアとして独り立ちされているということですね。
松本さん:
そうですね。人が足りない時にアシスタントに入るようなことはありますが、基本的にはエンジニアの仕事をしています。
中山さん:
そうですね。僕はエンジニアとしての仕事と、去年ぐらいから課長というか、スタッフの管理職を任されるようになっています。スタッフの教育とか、最近は新卒の時期なので面接といった人事の仕事もあります。
今後のキャリアについて
−そうしたお仕事もあるんですね。それは、先輩の皆さんもそうした段階を経てきたのでしょうか。
中山さん:
いや多分あんまりなくて、普通はフリーになるんですよね。
松本さん:
どっちかっていうとフリーが多いですよね。
中山さん:
そうですね。やっぱりフリーになって稼ぐようになるんですけど、僕はずっと会社に残り続けているので、だいぶ古株になっています。おそらく、周りの同じ世代の方はフリーになってますね。同期は3、4人いたんですけど、2人はフリーになっています。
松本さん:
僕の周りもそうですね。先輩が何人かいたんですけど、そのうち何人かの先輩はフリーになって、それで残っているエンジニアとの間ががっつり空いて、僕の世代なので。でも確かに、僕らぐらいの世代から、フリーになろうかっていうのを考え始める方が多いです。
−ご自身のキャリアとして、フリーになることと、スタジオに居続けることは、考えたことありますか。
松本さん:
フリーは考えたこともあるし、今も考え中です。
中山さん:
うんうん。考えますよね。
松本さん:
僕の中では、今の自分の状態というか、この仕事の数でフリーになるのはなんとなく美学として、まだ時期じゃないなと思っています。もっとスタジオを自分の仕事で埋め尽くしてからフリーになりたい、みたいなのが結構前からあったので。
−中山さんはいかがですか。
中山さん:
僕は家庭を持っているので、やっぱり安定していないといけないという思いがありますね。なってないからじゃないと分からないですけど、フリーって情緒が安定しないというか、仕事がないと不安なので、僕だったら精神状態が多分やばいなと思います。 フリーは、稼げたら稼げるんですけど、一方で今はこの安定がありますし。あと、一応世代的にも上の方なんで、仕事をたくさんやらせてもらえていて、楽しめている状況です。ライブレックもそうですし、色々なジャンルをやらせてもらえてるんで。
さらに、課長という肩書きがついた責任感もあります。
一口でレコーディングスタジオといっても、その特徴は様々ですね。お二人のお仕事環境やお仕事内容が比較的異なることが分かりました。しかし、録音の技術的な要素や、音楽業界ならではのお話に通じ合う部分もたくさんありました。
出会う音や案件は様々ですが、サウンドエンジニアとして積み上げていく音楽への思いに違いはあるのでしょうか。対談の後編となる次回は、キャリアを積んでいく中で音楽にどのように向き合い、どのような思いを抱いているのか、それぞれの気持ちに迫ります。
後半はこちらから!
プロフィールご紹介
松本 英人 氏
名前:松本 英人(まつもと ひでと)
所属:Studio A-tone(株式会社フリーマーケット)
所属年数:2012年〜
生年月日:1991年5月4日
出身:青森県
出身校:日本工学院音響芸術科 蒲田校
趣味:麻雀、TVゲーム
音楽以外での目標:健康的な生活を送ること
中山 太陽 氏
名前:中山 太陽(なかやま たいよう)
所属:Sound City(株式会社サウンド・シティ)
所属年数:2012年〜
生年月日:1988年7月23日
出身:兵庫県加古川市
出身校:
甲南大学 情報システム工学部
CAT 音響エンジニアコース
趣味:ドラマ、映画鑑賞、お子さんとゲームをする
音楽以外での目標:港区の住所を保ち続ける!
Studio A-tone(スタジオアートーン)
WEBサイト:https://www.studio-a-tone.com
Studio A-tone 東麻布
住所:東京都港区東麻布1-8-3 エスビルディング
Studio A-tone 四谷
住所:東京都新宿区四谷三栄町14-5 名倉堂ビルB2
SoundValley
住所:東京都新宿区四谷本塩町15-12 カーサ四谷 羽毛田ビル B1,B2
SoundCity 麻布台(サウンドシティアザブダイ)
WEBサイト:https://www.soundcity-w.com
SoundCity 麻布台
住所:〒106-0041 東京都港区麻布台2-2-1 麻布台ビル
南青山STUDIO
住所:〒107-0062 東京都港区南青山2-12-15 南青山二丁目ビル4F
世田谷STUDIO
住所:〒157-0073 東京都世田谷区砧6-9-3 ハーモニーハイツ 1F
LUXURIANT STUDIO
住所:〒106-0045 東京都港区麻布十番1-9-7 麻布KFビル6F
TRYBRIDGE STUDIO
住所:〒162-0041 東京都新宿区早稲田鶴巻町110番地 玉井企画ビル3F
WONDERHOLIC LAB.
住所:〒154-0011 東京都世田谷区上馬4-17-4 アルファ駒沢B1F
5歳の頃にピアノを始め、鍵盤や打楽器に触れる。 学生時代はヒットチャートを中心に音楽を聴いてきたが、 高校生の頃にラジオ番組を聴くのが習慣になり、 次第にジャンルを問わず音楽への興味を持つようになる。 野外フェスや音楽イベントへ通い、ライブの持つパワーや生音の素晴らしさを実感。 現在はピアノと合わせてウクレレを練習している。 弾き語りが出来るようになるのが目下の目標。