ベテランサウンドエンジニアのこれまでの歩みと仕事観、そしてこれから | 僕は、別に好きなんだからいいんじゃないかなって思っています。
アーティストやミュージシャンのレコーディング現場で、音響機器やDAWを駆使して最高の音を録音するレコーディングエンジニア。音楽がまさに生み出されていく現場に関わることは非常に刺激的であり、大きなやりがいのある仕事だといえるでしょう。 そんなレコーディングエンジニアたちのリアルに迫るべく、都内3箇所にプロユースのレコーディングスタジオを構え、さらにはライブハウスの運営も行う Studio A-tone(スタジオアートーン。運営会社:株式会社フリーマーケット)に関わるプロフェッショナルたちにお話しを伺います。
第3弾となる本記事は、ベテランのサウンドエンジニア・宮本耕三(みやもと こうぞう)さんにお話しを伺います。音楽業界に携わってきたからこそ分かってきたことや、変化してきたこと、変わらず大切にしたいこと、などに迫ります。
これまでの音楽キャリアについて
−もともと、音楽業界で働こうと思ったキッカケを教えてください。
もともと音楽はずっと好きで聞いていて、学生時代にコピーバンドをやっていたりしました。それが楽しくて仕事も音楽の方向で考えるようになって。
当時ギターとかの音作りをすることに興味があったので、エンジニアを志すようになりました。でも、楽器の音作りとエンジニアはちょっと違うんですけどね。
−Studio A-tone に入るまではどのようなステップでしたか。
大学は音楽と関係ないところに行っていたのですが、その後センターレコーディングスクール(※1)という学校に行きました。1年制の専門学校で、大久保の方にフリーダムスタジオというスタジオがあって、その地下にありました。
卒業した後はここ( Studio A-tone )とは別のスタジオに2年半ほどいました。そのスタジオは小さいサイズで、バンドなどが録れないサイズだったんです。僕はバンドが好きなので、もう少し大きいスタジオで仕事がしたいと思ってこちらに移りました。
それから現在まで、このスタジオには14年ほど所属しています。
(※1)東新宿、新大久保にあった専門学校。現在は閉校。
−今までのキャリアで、大変だった時期はいつ頃でしょうか?
アシスタントをやり始めた頃は、やはり大変でしたね。回線を間違えたり、色々やらかしちゃってました。チャンネルがちょっと調子悪いとことかあったらダメですし、ノイズが出たりしたら、すいませんとお伝えしていましたね。「ここ、ちょっとダメです」と。
最初は、1年、2年後ぐらいでちゃんとできてなかったら、さすがにもうやめようかなという考えはありました。ただ、やはり好きなので続けたいとは思っていましたね。
−好きなものが仕事だと、悩みがある時は逃げ場がないですよね
僕は、別に好きなんだからいいんじゃないかなって思っています。
でも人によってはエンジニアではない、ディレクターさん的な立ち位置にキャリアをチェンジする人もいます。
お仕事のやり方について
−宮本さんのレコーディングのプロセスを教えてください。
録るバンドによりますね。クリックだけがあって、他にはなんにもない状態で0から始めるという時もありますし。一方で、シンセサイザーの音源などが入っている状態で、そこに上から重ねて録ることもあります。リズム系のやつは固まってるけど、上に弦だけ重ねるとか、0からそういうのを全部重ねていくとか、両方ありますね。
メンバーに楽器がいるバンドは、それ以外にもう打ち込み関係を入れる必要がなければ全て生音になります。
−ミキシングはどのような順番で行うのでしょうか。
僕の場合は、土台のドラムを出して、ベースを出して、その後はギター、ピアノの順番で、歌入れは最後に出すことが多いですね。でも、全体が出た状態を聴いてから、もっと各楽器がどうだ、とかになったりはするんですけど。
歌ものだと、結局1番歌が大事なんで、歌を出して、歌がそんなにちゃんと来てなかったら、他の楽器類を調整したりと、 最終的には歌が基準にはなっていると思います。
ちなみに、演歌だと、歌以外の全員で録音して、歌だけあとで録ったりすることもあります。
−「完成」の基準も非常に難しそうですね。ミックスだと、例えばドラムの音の作業をして、そのあと別のトラックに移ると思うのですが、次に行くタイミングはご自身の中でどう判断していますか。
基本的には「納得するまで」です。ただ、他の音を入れるとまた変わってくるので、 多分そこであまり詰めすぎてもどうしようもないというか。なんとなく入れて「よし」として次に移ります。自分の中でタイミングはあるんですけど、明確な基準というわけではないですね。
−より「良いもの」を作る中で、その判断をするためにトレーニングになったことはありますか?
基本的にはいろんなのを聞くことかな、と思います。なんというか、単純に音質が良ければいいわけでもないと思うので、ぐしゃっとした音が合う曲とか、そういう音が好みの人もいるので、そういうことも読み取って対応するというか。あとは良いとされてるものと、自分のやったものを聞き比べたり、お仕事をする中で、アーティストさんから「もっとこうして」と言われて、実際その通りにしてみると、やはりそれが良かったりして「あ、 あんな風にこうすればいいんだ」といった気付きもあったりします。
−経験から学んでいく、ということですね。それはもう誰も教えてくれないことですよね。
外部からいらっしゃったエンジニアさんのやってることなどを見て、あ、なんかこんな EQ かけてるんだとか、それこそ渡辺省次郎さん(※2)のやっている曲などを聞いて、なるほどなと思ったり。そうやって勉強していますね。
(※2)レコーディング・ミキシングエンジニア。井上陽水や東京スカパラダイスオーケストラ、星野源など、数多くのアーティストを手掛けている。
−好みの問題は難しいと思うのですが、ご自身の意見と、アーティストの意向のバランスはどのようにとっていますか。
基本的にはアーティストさんの意向に対応する方向でまずはやってみて、それから「こうなりましたけどどうしますか」とヒアリングを重ねていきますね。
どうしても気になるところは「ここはちょっと気になるんですが、どうですか」アーティストの方にお伝えして「それでもこれがいい」と言われたら「じゃあそれでいきましょう」ってなりますし、確かにこれはちょっと違うな」とアーティスト側が判断したら直します。
やはり主体は向こうにあるので、ある意味、向こうで作った枠の中でこっちもやりたいことはやる、という考えですね。
−音楽の技術的な面では、キャリアを始められた頃から大きく変化してきましたか?
僕が入った時はもう ProTools(※3)があって、細かくバージョンアップはするんですけど、極端に変わったものはそんなにないかな、とは思います。
でも、最近だと映像が絡むようなことが多くなってきましたね。配信のライブの収録とか、DVD は増えました。僕はそんなにやってないんですけど、そういった音源の曲のミックスをすることもあります。
あとはここ数年で360度といった多チャンネルものが出てきているので、そういった新しいことをやっていこうとすると、マイクの立て方などもやはり色々変わっていくんじゃないかなと思いますねこういった他チャンネルをミックスやレコーディングするってなったらモニタースピーカーもいっぱい置かなきゃいけないし、この分野が進むとまただいぶ変わってくるんじゃないかと思っています。
(※3)DTMの一種。音楽制作ソフト。
これからやってみたいことと、未来のお話
−これからやってみたいことはありますか
色々な仕事にエンジニアとして携わって、ミックスができればいいなと思います。もっといっぱいやりたいです。
世界的に売れている作品のような、そんな音が作れたらいいなと思います。 真似するだけではどうしようもないですけど、BECK(ベック)とかAdel(アデル)とか、そんな感じで音が作れたらなと思います。
日本人でいうと、井上うにさん(※4)です。バッキバキの音を作る人で、かっこいいんです。
(※4)「井上 うに(いのうえ うに、生年月日不詳)本名:井上 禎(いのうえ ただし)は、日本のレコーディング&ミキシング・エンジニア、音楽プロデューサー、作詞家、作曲家、編曲家、演奏者。」{Wikipedia, 井上うに(2007年1月23日),[https://ja.wikipedia.org/wiki/井上うに],(最終検索日:2023年8月18日)}
−音楽制作を通じて届けたいことや、意識していることはありますか?
制作を通じてというか、仕事でやる曲の「いいところ」を出せるようにっていう感じですね。曲がよくなるようにやりたいと意識しています。そういうことを積み重ねていきたいです。
今、音楽業界を目指す方たちへ。
−音楽業界を目指す中でも、サウンドエンジニアとしてやっていく難しさというのはいかがでしょうか。
本当に売れっ子のエンジニアさんは数少ないとは思います。ただ、エンジニアでいうと、音楽だけじゃなくて、ナレーション、アフレコ、最近だとゲームのセリフ録りなど、そういった音楽以外のジャンルもたくさんあるので、そういう種類を含めると音響の技術者というのは結構いると思います。
独り立ちしてフリーでやっていくとなるとまた変わってくると思うんですけど、僕は会社に所属している立場なので、ある程度の技術や経験などを身につけられたら、 仕事の引きがあるのかなとは思います。
−ここまでお話しをお聞かせいただき、ありがとうございました。最後に、音楽業界を目指す方へ、メッセージをお願いします。
色んな曲をたくさん聞いた方がいいと思います。多分一生聞き入れないほどありますんで(笑)。聞けば聞くほど、どんどん引き出しになっていきます。
あとは、なかなか景気がいいわけではないので、きょうび大変ですよっていうのは、ありますね(笑)。
ということで、ベテランのサウンドエンジニア・宮本さんのインタビューをお届けしました。これまで形成されてきたお仕事の具体的な方法や、そこに至るための考え方、お仕事を継続していくための気持ちの持ち方などが分かりました。
特に印象的だったのは、宮本さんの控えめな姿勢や言葉です。キャリアを積んでも、常に目の前のアーティストが求める音を共に追求し、他のエンジニアの仕事から学び続ける意識をとても大切にされていることが伝わってきました。
あなたはどのように音楽と関わっていきたいですか。「 ONLIVE Studio blog 」では、音楽に関わる様々な業種の方のインタビューを発信し、「サウンドメイキングに新たな発見を」読者に届けるため、楽曲制作に関する記事を公開していきます。
プロフィールご紹介
宮本 耕三 氏
名前:宮本 耕三(みやもと こうぞう)
所属:Studio A-tone(株式会社フリーマーケット)
所属年数:2009年〜
生年月日:1980年4月9日
出身:香川県
出身校:センターレコーディングスクール
趣味:音楽を聴くこと
Studio A-tone(スタジオアートーン)
WEBサイト:https://www.studio-a-tone.com
Studio A-tone 東麻布
住所:東京都港区東麻布1-8-3 エスビルディング
Studio A-tone 四谷
住所:東京都新宿区四谷三栄町14-5 名倉堂ビルB2
SoundValley
住所:東京都新宿区四谷本塩町15-12 カーサ四谷 羽毛田ビル B1,B2
5歳の頃にピアノを始め、鍵盤や打楽器に触れる。 学生時代はヒットチャートを中心に音楽を聴いてきたが、 高校生の頃にラジオ番組を聴くのが習慣になり、 次第にジャンルを問わず音楽への興味を持つようになる。 野外フェスや音楽イベントへ通い、ライブの持つパワーや生音の素晴らしさを実感。 現在はピアノと合わせてウクレレを練習している。 弾き語りが出来るようになるのが目下の目標。