前提:レコーディング素材のクオリティを高めておく
録音されたオーディオ素材が良くなければ、どんなに処理を施しても良い楽曲には仕上がりません。
まずは、レコーディングの時点で良い素材が録れるようベストを尽くしましょう。
1. 歌唱の準備
当たり前ですが、ボーカリストは日頃の練習をしておくことは大切です。いつどんな依頼が来ても対応できる様に自己研磨をしておきましょう。
また、良いレコーディングを行うためには、楽曲制作側(クライアントなどの依頼者、音楽プロデューサー、バンドメンバーなど)とボーカリストで事前にある程度歌唱の方向性を固めておく必要があります。
歌詞やメロディーの確認、どのような表現で歌うかを事前に決めておいて、当日は歌うだけの状態にしておくことがベストです。
2. レコーディングの準備
録り音の品質を高めるためにも、レコーディングのセッティングは重要です。
ノイズが多く含まれていたり、音が小さすぎたり、反対にクリッピング(音割れ)してしまっていたら品質の高い素材とは言えません。
適切な収音ができるようにレコーディング環境、マイクの位置、ゲインの設定などを調整しましょう。
スタジオでのレコーディングで、エンジニアがいる場合は相談しながら行うことができます。一方で、宅録の場合は自分がエンジニアの役割も担う必要があります。
自宅はスタジオに比べて環境音が入りやすく、部屋鳴りも生じやすいです。そのため、録音環境を整えることも重要です。
また、使用する機材によっても録り音が変わってきます。自分が望む音を実現できる機材選びをしておくと良いです。
マイクの選び方はこちらの記事をご覧ください。
3.レコーディング当日
一般的なレコーディングの流れとして、はじめはサウンドチェックや声慣らしも兼ねて1〜2回程度通して歌い、次に A メロのみ、B メロのみ、もしくは気になった部分を取り直すなど、一定間隔に分けてレコーディングを進めていきます。
時には歌い方を変えてみて、各セクション2〜3パターンほど録っておくのも良いでしょう。
また、歌詞間違いや気に入らない部分があった場合は、そのフレーズのみを録る「パンチイン」といった手法も使うことがあります。
一般的にボーカルオーディオは、このように複数テイク録った中からベストテイクを選定します。
ディレクターがいる場合はボーカルディレクションを受けながら進めていくことが可能です。
ディレクターはボーカリストがベストなパフォーマンスをするためにサポートしてくれるため、質の高いレコーディングが期待できます。
ボーカルミックスの具体的な処理
レコーディングを終えて、いざボーカルミックスです。
ボーカルミックスは具体的にどの様に進めていくのか、こちらの章で解説いたします。
ベストテイクを選定する「コンピング」
先ほどもお伝えしたとおり、レコーディングでは1曲を通して録音するのではなく、一定間隔に分けて録音をする場合が多いです。
そのため、同じフレーズでも複数テイクが存在している場合があり、良いテイクを寄せ集める作業が必要です。良いテイクを寄せ集めて、オーディオ素材を作ることを「コンピング」といいます。
良いテイクを選定したら、一つのオーディオとして自然に聞こえるよう編集を施ましょう。
- クロスフェード
オーディオ素材の選定後、それぞれのオーディオ素材に繋がりを持たせるためにクロスフェードという処理を行います。
クロスフェードは、素材と素材の継ぎ目にフェードアウト、フェードインを施すことです。
この処理により、別々の素材同士を繋げても滑らかに聞こえます。
ノイズ処理
コンピングが完了したら、ノイズ処理を行いましょう。
ノイズには様々な種類があります。
環境音によって生じるノイズ、機材から出るノイズ、歌う時に発生する歯擦音やリップノイズなど。ノイズの種類に対して、適切なエフェクターやプラグインを利用すると良いです。歯擦音ならディエッサー、環境音にはノイズゲートなどを使用します。
また、様々なノイズに特化したプラグインもあります。
例えば、iZotope RX は代表的なノイズ除去プラグインの一つです。
このプラグインは、様々なノイズに対応する機能があり、人工知能がノイズを学習して処理をしてくれます。
- RX10
音量調整
音量調整を行うことは重要です。音量が整えられることによって、リスナーが曲を聞いた時に聞きやすくなるだけではなく、声が鮮明に聞こえるなどといった効果もあります。
音量調整の最初のステップではミックスの下準備として、ゲインステージングといった、ミックス処理を効率的に行うための音量調整を行います。
この調整は VU メーターを使用し、適切なレベルにトラックの音量をゲインで合わせるという工程です。
ゲインステージングに関しての詳しい説明は以下の記事をご覧下さい。
また、音量が特定の部分のみ大きすぎてしまう音がある場合は、オートメーションという機能を使って音量を調整すると良いでしょう。(オートメーションについての詳しい説明は記事の後半にあります)
その他、後述するコンプレッサーというエフェクターも音量差を滑らかにする目的で使用されることが多いです。
タイミング・リズム・ピッチ修正
オーディオのタイミングにズレがないか確認しましょう。
オーディオ全体がズレている部分は素材の開始位置を確認し、適宜トラックを移動させます。
また、歌唱のリズムやピッチなどの細かいズレは、任意のオーディオ編集ソフトを使うことで修正が可能です。有名なソフトを以下にご紹介致します。
- 「 Melodyne 」
- 「 Auto-Tune Pro 」
このようなソフトを使用してのボーカル編集は、大きくオーディオ素材を編集することは難しく、やりすぎると機械的で不自然な音になってしまうので注意が必要です。
エフェクターを使用する
エフェクターには様々な種類があります。
ノイズ軽減、ダイナミクスの調整などの素材の品質を整えるものから、リバーブやディレイなどといった作品としてのアート的な要素を強めるものまで多種多様です。エフェクターを活用することで、より雰囲気のある楽曲に近づくことが期待できます。
今回はよく使用されるエフェクターを以下にご紹介します。
イコライザー( EQ )
イコライザーは、特定の周波数帯域の音量を増減、またはカットさせることができるエフェクターです。
イコライザーを使用することで、特定の周波数を強調させ声の抜け感を調整したり、音が濁らないように特定の周波数を削るなどといったことが可能です。
ノイズゲート( Noise Gate )
ノイズゲートは、一定の閾値(しきいち)を超えない音をカットしてくれるエフェクターです。
マイク自体が発するセルフノイズや、環境音からくるホワイトノイズのような小さなノイズを取り除くことができます。
コンプレッサー( Compressor )
コンプレッサーは、指定した閾値を超える音に対して、指定した割合で音を圧縮してくれるエフェクターです。
例えば、ボーカルのオーディオで、突然声のボリュームが大きくなったり、小さくなったりする時に使用することで、音量に均一性が生まれて聞きやすくなります。また、結果的に音全体の音量が持ち上げられるため、音が前に出てきこえる効果があります。
ディエッサー( DeEsser )
ディエッサーは、特定の周波数にコンプレッサーをかけてくれるエフェクターです。ディエッサーを使用することで、S が子音の行である「さしすせそ」と言った歯擦音を軽減してくれます。
「 de 」は「下げる、離れる」という意味を持つため、この名前は「 S を下げる」ということを表しています。
リバーブ( Reverb )
リバーブは、音が空間内で反射した際に発生する反響音を模倣したエフェクターです。
リバーブを使用することで音像が広がり、効果的に使用することで、楽曲の立体感がでます。
ディレイ( Delay )
ディレイは、音の遅延を生じさせるものです。元の音からの信号を一定時間遅らせて再生することで、やまびこのような反響音を人工的に作り出すことができます。
オートメーション機能を使う
必要に応じて、オートメーション機能を使うことも効果的です。
オートメーションとは、ボリュームやプラグイン、フィルターなど様々なパラメーターのかかり具合を調節できる DAW 上の機能です。
トラックに対して、ボリュームやエフェクトのかかり具合をオートメーションを設定することによって一部分のみ音量を上げたり下げしたり、一定のフレーズのみリバーブを強くかけるなどといったことができます。
どのような場面で使用するかというと、例えば子音が埋もれてしまっている時に、子音の音量を一部上げたり、表現としてリバーブの掛かり具合を一部だけ強くかけたい時などに使用します。
これにより、ボーカルに対して適宜変化をつけることが可能です。
リファレンス曲を参考にする
リファレンス曲を持つことで、ミックスのゴールを設定することができます。
近年では YouTube などでボーカルオーディオのみの 素材を聞くことも可能です。ボーカルオーディオのみを聞くことによって、ボーカルオーディオにどれくらいリバーブやディレイがかかっているのかなどが分かるので参考になります。
実際の曲中ではどのような処理をしていることによって、どのような印象になるのか、原曲と比べてみるのも良いでしょう。
The Weeknd & Ariana Grande(ザ・ウィークエンド&アリアナ・グランデ) - Die For You(ダイ・フォー・ユー)(Official Audio)
ボーカルのみ
原曲
また、Logic Pro X ユーザーは、Logic Pro 10.7.5 の最新アップデートにて Lil Nas X(リル・ナズ・エックス)の曲『 Montero(モンテロ)』のマルチトラックプロジェクトを閲覧することが可能です。Lil Nas X はアメリカのラッパーで、『 Montero(モンテロ)』は、2022年のグラミー賞ノミネート曲です。
プロジェクトではそれぞれのトラックを個別に再生することができ、使用しているエフェクターも確認できるので、こちらも参考になります。
ちなみに、以前は Billie Eilish(ビリー・アイリッシュ)の『 Ocean Eyes(オーシャンアイズ)』のプロジェクトも公開されていましたが、現在はなくなってしまったようです。
こちらのマルチトラックプロジェクトを解説した動画があるので、興味のある方はぜひご覧下さい。
まとめ
今回はボーカルミックスについてご紹介しました。
ミックスは各トラックを整理して聞きやすくするだけではなく、アートワーク的な側面を持っています。日頃から様々な曲を聞いて、どのような表現方法があるか曲を観察してみると新たな発見が見つかるでしょう。
また、当ブログではプロエンジニアである渡辺省二郎氏にボーカル処理についてインタビューを行っています。渡辺省二郎氏は星野源、東京スカパラダイスオーケストラ、佐野元春など、様々な有名アーティストのレコーディングやミックスを手がけているプロフェッショナルです。以下の記事では、渡邉省二郎氏がボーカルに施した処理について解説してくれています。
ぜひ合わせてご覧ください。
東京出身の音楽クリエイター。 幼少期から音楽に触れ、高校時代ではボーカルを始める。その後弾き語りやバンドなど音楽活動を続けるうちに、自然の流れで楽曲制作をするように。 多様な音楽スタイルを聴くのが好きで、ジャンルレスな音楽感覚が強み。 現在は、ボーカル、DTM講師の傍ら音楽制作を行なっている。 今後、音楽制作やボーカルの依頼を増やし、さらに活動の幅を広げることを目指している。